まだカンチブレーキで消耗してるの?


ムシャクシャしてやった。タイトルはなんでもよかった。

カンチレバーブレーキ調整のポイントを整理する。よく効くカンチブレーキが必要なら、低いチドリ、ナロープロファイルで近代的なカンチブレーキ、良いブレーキシューとリムを良い状態で使う。


制動力をきめるもの


自転車用ブレーキとしてディスク、Vブレーキ、デュアルピボット、カンチレバーなどなど、さまざまな形態の製品が流通している。いずれのブレーキも回転するホイールを制動する力は

 F = μP

で表すことができる。制動力Fは、ブレーキシューとリムの摩擦係数μ、ブレーキシューをリムに押し付ける力Pで決定される。「よく効くブレーキ」がほしければ
  1. Pを大きくする → メカニカルアドバンテージの大きなブレーキシステムを使う
  2. μを大きくする → 良いリムと良いブレーキシューを良い状態で使う
この2点に注目する。


Pを大きくする


まずは押し付ける力Pを大きくするため「ブレーキレバーを強く握る」以外にできること。ポイントはメカニカルアドバンテージ。
現在流通しているブレーキシステムは梃子やパスカルの原理など、なんらかのかたちで「力の増幅」を利用している。ブレーキレバーの入力を増幅してより大きな力でブレーキシューやパッドを押しつける。この入力と出力の比率がメカニカルアドバンテージ、または倍力。メカニカルアドバンテージが大きいほど容易にPが大きくなり、よく効くブレーキができあがる。
自転車で利用されるデュアルピボット、Vブレーキ、ディスクなど大半のブレーキシステムは設計者が設定し実装した固有のメカニカルアドバンテージで作動し、メカニックにそれを変更する余地はない。そんななかメカニカルアドバンテージを任意に設定できる珍しいブレーキシステムが存在する。それがカンチレバーブレーキ。

カンチブレーキのメカニカルアドバンテージMAは、メカニックが設定できる2要素と、製品固有の1要素、合計3つの要素で決定される。

MA = 1/sin γ ・sin β・(PA/DO)
"Cantilever Brake Geometry: Setup and Mechanical Advantage" 2010 Benno Belhumeurより
"Cantilever Brake Geometry: Setup and Mechanical Advantage" 2010 Benno Belhumeurより

  1. ヨークY・カンチレバー先端A・水平Cの角度"ヨーク角" γ
  2. ヨークY・カンチレバー先端A・カンチレバーピボットPの角度"アンカー角" β
  3. カンチレバー長PAとシューまでの高さDOの比 PA/DO
ストラドルケーブルキャリア / ハンガー / ヨーク / チドリと呼び方いろいろなYからの角度ヨーク角γアンカー角βの2つがメカニックが設定できる要素で、PA/DOが製品固有の要素。
ヨーク角γは0に近づくほどメカニカルアドバンテージが大きくなる。アンカー角βは直角に近づくほどメカニカルアドバンテージが大きくなる。カンチレバー長とシュー高さの比PA/DOが大きいほどメカニカルアドバンテージが大きくなる。

ヨーク角γとアンカー角βはカンチレバーピボットPからのヨークYまでの"ヨーク高"で決定する。ちなみにブレーキシューホルダーのスペーサーを増減してもアンカー角は多少変化する。つまり大きなPの源となる大きなメカニカルアドバンテージを得るためには、可能な限りヨーク高を下げて、小さなヨーク角γとまぁまぁ直角に近いアンカー角βに設定する。

ときどき「アンカー角β直角が最善」のような記述も見かけるが、ヨーク角γは0に近づくほどメカニカルアドバンテージを高める効果があるので、"アンカー角β直角"はヨーク角γほど重要ではなかったりする。また、メカニカルアドバンテージが大きなカンチブレーキはややスポンジーな握り心地になるけどそれで正常。あ、メカニカルアドバンテージを高くしすぎるとまったくストロークしないブレーキになるのでほどほどに。

カンチブレーキのメカニカルアドバンテージ MA=1/sin γ・sin β・(PA/DO) はiPhone標準の電卓アプリ横向き(かわいい)でかんたんに計算できるのでお試しあれ。
"Cantilever Brake Geometry: Setup and Mechanical Advantage" 2010 Benno Belhumeurより
図は主なカンチレバーブレーキ製品でヨーク高を変更した場合、どのようにメカニカルアドバンテージが変化するか試算したものである。ヨーク高を下げればメカニカルアドバンテージが高まることを見てとれるが、製品によってメカニカルアドバンテージの変化が大きく異なることがわかる。

ここで重要になってくるのがカンチブレーキのプロファイル。カンチブレーキ製品をすごく大雑把に分類するとナロープロファイルモデルとワイドプロファイルモデルの2つに分けられる。細かくLow / Mid / Wide / Ultra wideなどにも分類できるし、どこからがナローなのかとか境目がアレだけどここでは単純化して2つ。
ワイドプロファイルなPaul Neo Retro
写真はカンチレバーアームが水平付近に伸びるワイドプロファイルなPaul Neo Retro。
ナロープロファイルなPaul Touring Canti
アームが斜め上に伸びて横幅がワイドに比べて狭くなるナロープロファイルなPaul Touring Canti。

MA=1/sin γ・sin β・(PA/DO) の式やメカニカルアドバンテージ変化の図からもわかるように、ワイドプロファイルはメカニカルアドバンテージをあまり大きくできない。対してナロープロファイルモデルはメカニカルアドバンテージを大きくも小さくも設定できる。

結論としてブレーキシューを押し付ける力Pを大きくしたければ、ヨーク高を下げ、ナロープロファイルでPA/DOが大きい近代的なカンチブレーキを選択する。ワイドプロファイルモデルはランドナー装備などの泥除けや荷台を避ける必要があったり、スタイリングの好み以外で積極的に選択する理由はあまりないとおもう。PA/DOが小さい古いデザインも同様。


μを大きくする


リムブレーキの制動力を左右するもう一つの要素であるリムとブレーキシューの摩擦係数μは、リムとシューの組み合わせと品質、そしてメンテナンスによって変化する。しかしながらこちらは一般化できるようなデータを持ち合わせていないので単なる経験則からのお話。

昨今リムブレーキの性能向上・安定を目論んださまざまな製品が市場に投入されているおかげで、雨天でも安定したブレーキ性能を発揮するホイールとブレーキシュー製品が利用できるようになった。Zipp, Enveなどなどの高品質なカーボンリムと専用ブレーキシューは、低品質なアルミリムとブレーキシューを凌駕する安定した制動力をドライ・ウェットで発揮する。もちろん雨天でまったく効かない最新カーボンリム(HED GT3など)も存在するし、μが高すぎても危険だしで、そこはまぁ、アレだ。なんというか上手いことやって。

そして汚染されたり劣化したブレーキシューもμを小さくする。個人的な感覚ではアルミ・カーボンを問わず、古く磨り減ったシューは洗浄や再調整をほどこしても制動力とコントロール性の低下を感じる。ブレーキシューは溝が半分ちかく残っていてもこまめに交換することで安定した性能を維持できるのではないだろうか。
ブレーキシューの汚染について、ReynoldsのテクノロジーディレクターPaul Lew氏は週に一度ブレーキシューを取り外し、石けん水に一晩つけ、さらにスポンジで表面を擦り洗いするルーティーンを勧めている。週に一度たったの5分。これはデュアルピボットやVブレーキでも、リムの洗浄・脱脂とあわせてオススメ。マジで。


まだカンチブレーキで消耗してるの?


2010年中頃からUCIシクロクロスレースでのディスクブレーキ使用が解禁され、いずれ絶滅するのではとも思われたカンチレバーブレーキ。しかし2016年シクロクロス世界選手権エリート男子のレースでは、最も重要なレースに挑むトップ選手の約半数がカンチブレーキのバイクを駆り、泥まみれで激しいアップダウンを繰り返すコースを戦っていた。いまだ過渡期なのかもしれないが「悪条件下での性能の安定やレバー入力の軽さなどは油圧ディスクブレーキ製品に軍配があがる」とされているなか、なぜこういったことが起こるのか?トップ選手の都合や事情はわからないので想像するしかないが、カンチブレーキとディスクブレーキのメリットとデメリットを加味したトータルの性能はかなり拮抗している可能性がある。

プロの都合や事情はわからないけれど、少なくとも近代的なカンチレバーブレーキはきちんと調整していれば、よく効くブレーキであるということはわかる。舗装路や草地でテールスライドさせながら向きを変えたり、ドライ・ウェットを問わずタイヤの摩擦力を超えた制動力を容易に発揮する。無論ブレーキはタイヤからホイール、ブレーキシューなどを含んだシステムなので、相性をふまえた部品選定が必要であり、これらの選定や調整のノウハウという"不確定要素"を避けて油圧ディスクブレーキ製品を選択するのも一つの正解だろう。

なんかゴチャゴチャ書いてみたけど結局なにが言いたいかというとアレだ



カンチはいいぞ




参考