引き続き現実逃避シリーズ。
AT, LT, VT etc..と様々な閾値があるが、文献やそれを使う人によって指し示す現象に差異があるように思う今日この頃。それは第一の閾値?それとも第二の閾値?それとも第一と第二の閾値の間?いったいどれなんでしょう?
一般向けのトレーニング指南とかではATやLTを「血中乳酸濃度が増加しはじめるポイント」と語る場面を見かけますが、運動生理学の教科書の類いや、中長距離ランナーの科学的トレーニングでまとめられている話しを見るかぎり、増加しはじめるポイントは2種類あるように語られています。
「第一の閾値」
安静レベルより血中乳酸濃度が「わずかに増加しはじめる」強度で、30〜60%VO2max(これ以上に個人差がありそう)、呼吸商が0.86〜0.90の間に生じる。これ以降は血中乳酸濃度は徐々に増加して行く。具体的な血中乳酸濃度は2mmol/lとか言われることもあるが、個人差がある。
文献の中で使われる同意の用語として次のようなものが挙げられ、他にもバリエーションがあると思われる。
- 無酸素性作業閾値: anaerobic threshold: AT (Wasserman and McIlroy 1964)
- 有酸素性作業閾値: aerobic threshold: AT? (Skinner and McLellan, 1980)
- 乳酸性閾値: lactate threshold: LT, Ivy et al., 1980)
- 血中乳酸蓄積開始点: onset of plasma lactate accumulation (Farrell et al., 1979)
- 第一閾値: first threshold (Heck et el., 1985)
- 有酸素性作業閾値<2mmol>: aerobic threshold<2mmol> (Kindermann, Simon and Keul, 1979)
「第二の閾値」
強度がさらに増加した75から90%VO2max、呼吸商(吸入するO2と排出するCO2の比率)が1.0前後に出現し、これ以降血中乳酸濃度は「より急激に増加しはじめる」。また、第一の閾値以降は呼吸を増加させて酸化を緩衝させているが、第二の閾値以降はCO2の排出が追いつかなくなりpHを維持できなくなる。
文献の中で使われる同意の用語として次のようなものが上げられる。他にもバリエーションがあると思われる。
- 無酸素性作業閾値: anaerobic threshold: AT?, Skinner and McLellan, 1980)
- 呼吸性代謝補償: respiratory compensation for metabolic acidosis: Rc/RCP/RCT, Wasserman, 1984)
- 乳酸増加点: lactate turnpoint (Davis et al., 1983)
- 血中乳酸4mmol/l蓄積開始点: onset of blood lactate accumulation to 4 mmol: OBLA (Sjodin and Jacobs, 1981)
- 個人の無酸素性作業閾値: individual anaerobic threshold (Stegmann, Kindermann and Schnabel, 1981)
- 第二の閾値: second threshold (Heck et al., 1985)
- 4mmol/lの無酸素性作業閾値: anaerobic threshold 4mmol (Kinder-mann, Simon and Keul, 1979)
そんなこんなで、研究者の間でも「無酸素性作業閾値」という用語は曖昧さがおおいという認識がなされている模様で、後に再定義されてたり。さらに現象として観測しにくい例があったりと微妙に困ったチャンあつかいな気がします。
さて、やっとここで本題。自転車のトレーニングで語られるATはドッチなんだろう?
トレーニング指南の多くはATのn〜m%といった幅で示されるため、実際のトレーニングの場面ではAT自体を細かく意識することは無いんじゃないだろうかしら。しかしながら、トレーニングの負荷区分を決定する基準値となるため、AT自体の特定にはけっこう注意が向けられているものだと思うわけです。さて、前出の通り「無酸素性作業閾値」がどれかよくわかんない状態で、どうやって"AT"を観測して設定しろというのか?
とりあえず都内在住であれば東京体育館にサクッと予約して斬増負荷運動中の呼気を元にAT(第一の閾値)とRC(第二の閾値)を判定してもらうのが簡単。ただし、人によっては体感値と乖離している例があったり、そもそも日本で流通している自転車トレーニングの書籍ではATを基準とした負荷区分の(自分が使える物として)の設定例を見たことが無いので、僕の場合はこれまでATとRCを参考値にしか使えてなかった。(ちなみにランニングのトレーニング本では観測したLTを基準に負荷区分を設定する本はけっこうある印象)
その反面、より使いやすかったのがTraining and Racing with a Power MeterででてくるFTP(一時間目一杯飛ばしたときの平均出力)を基準にする方法論。本来はSRMやPowerTapとかのパワーメーターを使って仕事率を基準値に使うのですが、同書では参考値としてそれぞれのFTP時の平均心拍数を基準値にした負荷区分も述べています。いずれもFTPの値を基準にするので曖昧さがなく明快。
パワーメーターはもうすぐ返却して今後はまた心拍数が頼りになるので調べていたのですが、Training and Racing with a Power MeterのLevel 4(Lactate Threshold)での心拍数の目安がFTPの95〜105%だそうです。私の場合、1時間のTTで現れる心拍数は174bpm(87%HRmax)あたりなので、Level 4の心拍数の目安は83〜91%HRmax(165〜182 bpm)ということになります。このLevel 4の心拍数(目安)は11月に東京体育館で観測してもらったATとRCの範囲にほぼ収まるというおもしろニュース。
長々と書いておいて結局何が言いたいのかと言うと、トレーニングシステムによってATを境界にするものと、ATを中心にするものがありそうな印象があるのですが、その"AT"をさしているものが色々バリエーションがありそうなので、ちょっと注意して聞くなり、語る方も気をつけた方が良いのかもしれないなぁと思ったわけです。
そう、その"AT"は
- 「第一の閾値」ですか?
- 「第二の閾値」ですか?
- 「第一と第二の閾値の間の領域」ですか?
それともそれ以外の指標ですか?
少なくとも僕はトレーニング本を読んだ後に運動生理学の本を読み始めたらモノスゴイ勢いで混乱しましたよ。